不可視の風の中で
〜invisible side of SELECTION〜
-4-
勝美は無事だった。
そして――真由も。
「月岡さん……?」
真由は瞬きもせず、月岡と数秒見つめ合う。
その様子は、以前と同じで。
場合によっては、敵対しなければいけないのだけが、苦しかった。
だが、顔は固まったかのように動かない。
かろうじて、口を開く。
「真由……お前、本気でそう思っていたのか?
お前がそいつの身体で帰れば、『野々口勝美』として
受け入れられると……」
真由が、目をそらす。
また会えて嬉しいというよりも、彼女に――
異論を言わなければいけないのが、悲しく。
「確かにお前は本来、こいつの代わりに
『勝美』として生まれるはずだった。
だが、今それを言って何になる?
――こいつの周囲にとって『勝美』は
最早こいつでしかありえない……」
上手く言えない。
だからといって、言わないわけにはいかない。
確かに自分は、いつでも他人の言うままだった。
しかし、今は……妹である『真由』に、
自分の考えを伝えたいだけで。
例え彼女と自分が兄妹でなくとも。
どうしても言いたいから、言った。
やっと、勝美の気持ちが分かった気がした。
――その時は、気がしただけだったが。
「今のお前が『静原 真由』以外の何者でもないのと
同様に……な」
そう。
彼女は必要とされなかったのではない。
ここに――『真由』を必要とする人間が、いるのに。
「…………」
彼女は……納得、しなかった。
辛そうに首を振ると、何かを振り切るように、叫んだ。
「分かってます…今更、私が戻ったって
お父さん達が、私を望んでなんかいないことは……
それでも!私は帰りたいんです!」
まるで、見えない涙が落ちるかのように。
何かの感情が、散った。
その残骸は、消えることなく。
――今でも、残っている。
「……こんな体になってまで、それでも生き続けたのは
ただ『一度でいいから帰りたい』
そう……思い続けてたから……!」
真由は……いや、Mayuは、出力を全開にして、
4人に襲いかかった。
●
『月岡さん……私ね』
これは、記憶の中の……一片。
懐かしく……しかし、決して戻ることはなく。
確か、自分は――珍しく微笑していたはずだ。
『大人になったら、先生になろうかなって思ってるんです』
その時は、正直驚いた。
世間を知らない真由が、そんな職業に就きたいとは、と。
『うふふ……驚いたでしょう?
いろんな人と……生徒と知り合って……
仲良く……なりたい』
真由は、ゆっくりと目を閉じる。
ああ――そうか。
いつも、真由は、自分以外の誰かを思っていた。
会ったこともない、誰かを。
『花……ありがとうございます』
嬉しそうに特大の花束を抱くと、真由は月岡に満面の笑みを披露した。
『月岡さんって……お兄さんみたいですね』
その言葉に、苦笑する。
事実兄なのだから――そう思っていた。
日陰でも咲くその花は、強く悲しく咲き誇り。
真由にもそうあって欲しいと、そう考えていた。
自分の思ったことに、ちょっとした恥ずかしさを覚えながら。
静かな、真由の誕生日のことだ。
●
硬質のものが割れて、飛び散る音。
彼女を呼ぶ、自分の声。
気にくわない、奴の余裕ぶった台詞。
彼女の、最後の頼み。
……彼女は、誰かに必要とされたがっていた。
それだけなのに、何故こんな虚無感があるのだろう。
そして、落ち込んでも尚、事務的な自分に腹が立った。
◆
静原に転移させられて、どれだけ経ったのか分からない。
気付けば、そこにいた。
何もない空間に。
自分の心のような、その場所に。
Invisible Fang.
なおざりにされた牙。
自嘲して笑うと、彼は歩き出した。
自分の意志で。
他人に言われたからではなく。
……立ち止まるわけには、いかないから。
◆
ふと、何かが眼前に浮かんできた。
一人の少女が。
西川絆の、姿が。
声をかけようとするが、それはどこか透き通ったように見える。
月岡は黙って様子を見た。
違和感に気付いたからだ。
彼女はこちらに気付いていないようだし、
絆の背景には、野々口家のベランダがある。
戸の開く音がして、絆は下を見た。
その視線の先には、まさしく月岡がいる。
絆はそれを見ると、また空を眺めた。
(これは……昨晩の……?)
絆は、何かを迷っている。時々、目を閉じさえした。
その様子は普通の女子のように、弱く、儚い。
「セレクションプロジェクト……
彼の言うことにも、一理あると言えるのかもしれない」
一言だけ、昨日の絆は呟いた。
月岡がつい反論しようとすると、それは消えてしまった。
「…………」
冷静な絆の、見てはならない一面を見た気がして、
月岡はつかの間、そこに立っていた。
歩きながら、思う。
絆の考えたことは間違っているのではないかと。
勝美は今朝、父親からの手紙を読んで憤った。
彼女がそれだけ、父を愛しているからだ。
そして、彼女はよき友人達に支えられていた。
月岡には信じがたいことだったが、こうも思った。
ひょっとしたら、共存なんて、簡単なことなんじゃないか――。
背後からの気配にも気付かずに、月岡は立ちつくしていた。
◆
事件の幕が下りたとき。
振り返ることなく、月岡は静原邸を後にした。
風を感じて、何となく立ち止まる。
空は、何事もなかったかのように綺麗な青で。
月岡は、ミラーシェードを外した。
これさえなければ、ひょっとして、普通の青年でいられるかもしれない。
これさえ割ってしまえば、何も、なかったことに出来るかもしれない。
月岡は逡巡し、そして――
●
真由は目を覚ました。
そうだ……今日は、重要な実験の日だ。
彼女は手早く身支度をして……。
その時に気付いた。
自分が、何故か涙を流していることに。
涙をそっとふき取り、髪を梳く。
服も殆ど持っていないが、髪は丁寧に手入れしておきたかった。
彼女は部屋を出る。
これから自分の身に、何が起こるかも知らずに。
(そういえば……)
何かの夢を見た気がする。
長い、悲しい夢を。
けれど、思い出せない。
(また、後で考えたらいいよね……)
彼女が生前、その夢について考える機会は、なかった。
彼女は、実験室の白い扉を、ゆっくりと閉めた。
これから、すべてが始まるとも知らずに。
休止
後書き
作者様ご本人の許可があったので安心して書けました(笑)。
裏設定&未設定事項の決定など、ありがとうございます。
快く承諾して下さった、作者のAzami様に捧げます。
大方のBGMは「Nostalgia for the Wind(真由のテーマ)」でした。
では、内容について。
初期は「過去編」を書こうとしていたのですが、
自然に手が月岡氏と真由を書いていました。
何て書きやすいんだ月岡氏。ブラボー。
勝美嬢に振り返った時、彼が「回れ右」しているのに気付きましたか?
月岡氏が最後にどうしたのかは、また、
どういった構造になっていたのかはご想像でお楽しみ下さい。
様々な読まれ方があれば嬉しいです。
内容についてはあまり語ることがなかったので、キャラクタについて。
勝美嬢。
出番がないから引用だけで……と思ったのが間違いでした。
彼女、書き手の意思を尊重せず盛大にボケてくれます。
『生の星』発言は筆者も驚きました(笑)。
彼女の視点ではないので、火影達が書けず……。
絆さん。
彼女も出番が……バランスの難しい人です。
私的怖い人ナンバ1だからか、あまり可愛らしく書けず残念です。
神秘的な雰囲気を多少なりとも感じられればいいのですが。
彼女の名字と月岡氏の名前は覚えている人が少ないと思います……。
アーサー。
漫才向きですね……彼。
月岡氏とのやりとりは最も苦労しました。
口数の多い人と少ない人なので……でも、ギャップは楽しかったです。
書きながら「駅に猫はまずいかも」と思ったので変な描写も。
月岡氏。
本作の主人公。
大ボケ&女々しくなってしまいました。(好きなのに……)
「なおざりにされた」はinvisibleの意味にあります。
印象としては「いい意味でも悪い意味でも身も蓋もない人」。
兄として真由を見守る人物ですが、
真由がそれを知らない故に悲劇性が増しています。
真由。
本作のヒロイン。
身近にいる人って、
意外と目がいかないんじゃないかなと思ってこうなりました。
意外に意志が強いということも想定して書いたので、
本編より気が強そうになったかもしれません。
因みに、社会好きや先生になりたいというのはオリジナル設定です……。
いい子は先生になりたがるというイメージが。
おまけ:ハウンド。
「月岡にネチネチ言ってる」ということだったので、
ちょっとだけ登場しています。
あの余裕っぷり、書きにくいです(笑)。
「嫌っているのではなくからかっているだけ」のつもりなのでしょうが、
月岡氏にとったら地獄の責め苦という状態です。
珍しく、「書いて日にちをおいて書き直して行を空けて」などと
推敲に推敲を重ねました。
一作でこれほど長いものは、自分ではありません。
(これまでは「紅き瞳にうつるもの」がトップだったのですが)
少しでも、楽しんでいただければ光栄です。
坂上 葵
2003/04/05 3:23 AM
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